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向こうから聞こえてきた声に、目の前の少女の視線が自分から逸れたことに永倉は気付かない振りをした。気付かない振りをしても、少女の視線の先に誰が居るかなんて考えなくても分る自分が情けなくなった。だから、思わず口を開いた。
「あ。」
「どうかしましたか?」
聞こえた声の主の傍に行きたくて、行きたくて落ち着きを無くして視線を彷徨わせながら少女は律儀に永倉の短い声に言葉を返した。
「俺、土方さんに呼ばれてんの忘れてた。」
態とらしく聞こえないように、そう見えないように適当に頭をガシガシと掻きながら永倉は片眉を下げた。だんだんと近付いてくる声に被せるように永倉は声を出す。
「無視したら後で煩ぇから行くな。」
片手を少女の頭に載せ、永倉は少女の小さな身体の横を通り過ぎてその場を離れる。自分から離れなければ、少女が行きたい場所に行けないと分っているから、自ら消える。永倉が擦れ違って一拍程置いてから少女が走る足音が聞こえた。そして、一人の男の名を呼んだ。永倉は歩む足を止めてそっと、振り返って笑う少女と仲間の男の横顔を見詰めた。見詰めて、固く目を閉じてその場を足早に離れた。
自室に戻り永倉は薄暗い部屋の中で立ったまま何もない壁を睨む。
「冗談じゃねぇ・・」
吐き捨てるように呟き、拳を握った。
「クソッ・・」
苛々する。腹が立って仕方ない。何に?誰に?自問して嘲うように口端を吊り上げた。
「馬鹿か・・・俺は。」
苛立っても、腹を立てても、現実は何も変わらない。苛立ち腹を立て、それで何が変わる?ただ、虚しくなって疲れるだけだ。
胸中で自分に言い聞かせ永倉は額に手を当てた。情けなく思い切り泣ければまだマシかもしれない。そう、思っても涙が出る訳でもなく苛立ちと腹立ちが渦巻くだけだった。
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