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蒼天を仰ぎ見て暖かな日差しに目を細めた。緩やかな風が花弁を散らす中、私は彼を捜しに家の外に出た。故郷に戻ってからどれ程経ったのか、刀を手放した彼との日々を表現する言葉を幸福と表す以外私は知らなかった。青々しい草の連なる道を歩きながら木の下で横になっている彼を見付け自然と早まる足に従い私は小走りで彼の元に向う。
「平助君。」
走りながら彼の名を呼ぶが、何の反応も返ってこないことに恐怖と孤独が襲ってきた。
「へ・・平助君っ!」
悲鳴に近かったかもしれない。もう一度彼の名を叫び木の下で横になる彼の傍に膝を付いてその顔を覗き込んだ。
「平助君!へい・・・」
肩を揺すると彼はその大きな瞳を半分程開いて私の手を握った。
「聞こえてるよ・・・千鶴。」
そう言って薄く笑みを浮かべる様を見て私は漸く安堵の息を吐いた。
「聞こえてるなら・・・返事して。お願い・・・。」
「うん。ごめん、眠くてさ。」
ごめんな。もう一度謝罪の言葉を口にして平助君は身体を起こし、握る手を離して俯く私の頬にそっと手を添えた。
「寂しい思いさせて、ごめん。」
頬に添えられた手に自分の手を重ねて首を横に振る。
「私こそ・・・いつもごめん・・・情けなくて、ごめんね。」
「情けなくないよ。千鶴はさ。」
昔のように、彼がまだ浅葱の羽織りを着て仲間達と笑っていた時のように笑ってくれて、私も笑った。頬から離れた手を繋ぎ私は彼の髪に付いていた草を落とす。その最中に彼は二度小さな欠伸をした。
「まだ眠い?」
「うん、ちょっとね。」
「それじゃ寝てていいよ。」
最近、彼の睡眠時間が増えている。それがどういうことなのか、何を意味しているのか私には分らない。只眠いだけなのかもしれいけど、嫌な予感が頭の中に巡る。彼は、変若水を飲んだ後何度も私や仲間を護る為にその命を削りながら刀を振るい続けたのだ。
「ううん、起きてる。」
「寝てていい」と言うと彼は緩く首を振り、繋ぐ手に力を入れた。
「千鶴と居たいから。起きてるよ。」
目を細める彼を私は片手でそっと抱き締めた。
「起こしてあげるから、寝ても大丈夫だよ。」
額と額を合わせると彼は小さく笑った。
「手伝いさせようと思って捜しに来たんじゃないの?」
「うん。洗濯しようと思って。」
「手伝うよ。」
「勿論。洗濯したら干して、その後お昼ごはんの準備しないと。」
「全部、一緒にやろうな。」
合わせていた額を離して彼は私の肩口に額を載せる。
「一緒に居たいんだ。」
あと、どれ程時間が残っているのか誰も知らない。もしかしたら彼は知っているのかもしれない。それでも、私は知らない。彼に見えない顔を、私は微かに歪めた。
「うん。一緒にやろう、全部、全部。」
離れたくない。離れたくない。離したくない。繋ぐ手に、私は力を入れた。
「それじゃ、手伝ってもらう前に少しの間寝てて。」
「いいよ、大丈夫だからさ。」
顔を上げる彼に私は微笑む。
「頭すっきりさせてから、働いてもらうよ。」
「何それ、俺がボケッとして失敗するってこと?」
「一昨日も欠伸しながら洗ったばっかりの洗濯物落として汚したのはどこの誰だったけ?」
私がそう言うと彼はバツの悪そうな顔をして口を尖らせた。
「あの時の俺は俺じゃない・・・。」
「へぇ、それじゃ何度も平助君じゃない誰かさんが現れて洗ったばかりの洗濯物汚したり貴重なお米やお味噌汁を溢したりしていくんだ?」
「ごめんなさい。寝ます。」
そう言って横になる彼に私は声を出して笑った。
「何か掛ける物持ってくるね。暖かくなったけどまだ風は冷たいから。」
「うん。」
繋いでいた手を離す。
「千鶴。」
「ん?」
「起こしてくれよ?」
小さな彼の声に私は眉尻を下げた。
「うん。絶対に起こすから。」
彼の長い前髪を撫でて私は頷く。
「起こすから、平助君も起きてね。」
「ああ、起きるよ。」
「おやすみ。」
「おやすみ、千鶴。」
そっと目を瞑る彼の顔を見詰めてから私は立ち上がり家に戻る。その途中何度も、何度も振り返って彼を見る。家の前に来ると自然と溢れてきた涙に私は急いで家の裏に回った。小さな家の裏に行くとその場に膝をついて流れる涙を手の甲で必死に抑えた。
「泣くな・・・泣くなっ・・。」
彼は私の傍に居る。傍で笑ってるし、傍で言葉を返してくれている。涙を流しながら私は広がる蒼天を見上げた。
「何で・・・何で出てくるのよ・・・。」
彼は私の傍に居るのに、哀しくて淋しくて、怖い。
「嫌・・・絶対に嫌・・・・」
だらしなく口を開き顔を歪ませる。
「お願いします・・・・お願いしますから・・・・彼を連れて逝かないで・・・。私から平助君を、取らないで・・・・。」
震える両手を空に伸ばして小さく、小さく叫んだ。
「 」
神様
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