握る刀を振るうと血飛沫が飛び散った。白髪を赤く染め上げ、目の前の影を躊躇うことなく斬り捨てる。足元に転がる屍体を蹴飛ばし、踏み付け、立ちはだかる邪魔を斬って斬って斬って、全身に赤を浴びながら走る。もう、何度こうして白髪を振り乱したか分らない程夜の闇の中で仲間を生かす為の殺戮を行う。
不意に横を見ると他の男に護られながら不安に歪めた顔をしているお前を見た。何不細工な顔してるんだよ、そう言いたくても言えない。口から出るのは獣染みた雄叫びだけ。
「羅刹に、なったんだ・・。」
変若水を飲んだ、最初の昼。太陽の照っている空の下に立つことが出来なくて初めて羅刹になったことを意識した。致命傷の傷が癒えても、只夢を見ていた感覚だった。あの怪我も油小路での出来事も全部、全部夢物語のようだった。しかし、身体の変化は嘘を言わなかった。
「今更ですか?」
「山南さんは、飲んで直ぐに自覚あった?」
その言葉に山南は月の隠れた漆黒の空を見上げた。二人の間にある一本の蝋燭の灯火が彼等の顔を朱く色づける。
「ええ。腕が思うように動きましたからね。」
「そっかー・・・。」
「君も傷が癒えたじゃないですか。」
「うん。」
うん、と頷いて腹を摩る。
「確かに、斬られたんだよな・・・。」
溢れる血の感触も、何度も名前を呼んでこの世に繋ぎ止めようとしてくれた仲間の声も、彼女の悲鳴も、記憶から薄れていた。
「現実味ないんだよね・・・。」
「闘えば分りますよ。確かに羅刹になったと。」
「うん。」
うん、と頷いて腰に差している刀に触れた。
「これからは、闘うしかないもんね。」
「ええ。その為の存在です。」
「山南さんは闘いたいから羅刹になったの?」
山南は空に向けていた視線を自らの右手に落とした。
「私には、まだ出来ることがあったからです。」
「出来ること・・・。」
「近藤さんや土方君とは違う何かが、必ず。」
「山南さんならあるよ。」
言って笑った。
「君も同じじゃないんですか?まだ出来るとことがあると思ったから変若水を求めたのでしょう?」
「出来ること?」
考えて、突然色濃く脳裏に浮かんだ彼女の悲鳴に浅葱の袖を握った。
「違う、のかな。」
「違う?」
「うん。そんな難しいこと、全然考えてなかった。」
薄れた記憶の中で自分の身体から流れでる血で汚れた手を彼女に伸ばした。
「こんな筈じゃなかったんだよ。」
こんな所で、こんな形で、こんなにあっさり、こんなに早く、こんなに突然、永遠がくるなんて思っていなかった。
「死にたくなかった・・・。」
彼女との永遠の別れが、予想もしなかったところから突然やってきた。
「ただ、死にたくなかった。」
心の準備が出来ていなかった。もう一度、彼女の笑顔が見たかった。もう一度、名前を呼びたかった。
霞む視界、口から溢れ出る血、伸ばした手が力なく落ちた。
「まだ、死にたくなかった・・・・。」
彼女との別れの覚悟がまだ、出来ていないだけだった。
未練がましく、情けなく、儚い生に縋り付いたのはまだ覚悟が出来ていなかったから。まだ、お前と離れる覚悟が出来ていなかったから。まだ、お前の傍に居たかったから。ほんの少し伸ばした時間で、お前と離れる覚悟と準備をしたかったんだ。
「そんなの・・・簡単だったじゃん。」
口に入った斬り捨てた相手の血を吐き出し呟く。
「だって・・・」
生きていても、お前はずっと一緒に居る訳じゃないって分ったから。
腹の底から声を出して叫ぶ。荒く息を吐きながら次の相手を捜すと他の男の腕にしがみ付くお前と目が合った。
「平・・・」
言葉にならない微かな声で名前を呼んでくれた。どうせ、思い出になるなら情けない姿よりも、笑っている姿を思い出にして欲しい。
大きな目を見開き今にも泣き出しそうなお前に、血に濡れた顔で笑みを向ける。
まだ、生きている。生きている限りお前に笑みを向け続けたい。そして、思い出して欲しい。血塗れで荒く息をしている姿でもなく、仲間に弄られている姿でもなく、情けない姿でもなく。お前を見て、笑っている俺を思い出してくれ。
最期はきっと、情けなく涙を流してお前を見ているから。
まだ笑える内に